飯田家の贈り物

こんにちは、飯田です。

今日は皆さんにあまり
お話ししたことのない、飯田家に
ついて書いてみようと思います。

私の祖母が活動家であり婦人民主
運動に人生を捧げた人だという
ことを知っている方はわりと
いらっしゃるかと思います。
祖母は大阪府初の女性議員で
豊中市の議員を28年間務めた
そうです。

私は祖母と直接の関わりはほぼ
なく、遠い存在でしたが、
一番驚いたのはお葬式の時でした。

祖母のお葬式にはもう信じられない
くらいの女性たちが詰めかけて
バイオリニストの叔母さんが即興で
追悼の素晴らしい曲を演奏してくれた
のを忘れません。

おばあちゃんってこんなにすごい
人だったんだ・・・!と思うと
同時に長男の娘である私は、全然
遠い存在なのに、共に活動してきた
多くの女性たちを差し置いてこんなに
いい席に座っていいのだろうかと
申し訳ない気持ちで一杯でした。

とはいえ9人いる従兄弟の中でも
祖母に一番似ているのは私らしく
祖母が反戦運動を頑張っていたため
私も昨年のウクライナ戦争の時は
少しでもできることはやろうと決め
募金や読解を頑張りました。お陰で
この会では20回近くウクライナの
読解をし、15万円近く募金することが
できました。

さて、そんな祖母の話を耳にした
ことはあっても、祖父の話は
ほとんどの人が聞いたことがないと
思います。

実は祖父はアントレプレナー、
起業家なのです。

何の分野かというと、建築や設計で
今でも祖父の会社は続いています。

そんなわけで、おそらく祖父が
いい建築を見たかったという理由で
私たちは毎年夏に国内のよいホテルに
集まって、親族合計17人で泊まって
いました。

私の子供時代といったら、父は
出張や仕事でほとんど家におらず
いわゆる田舎もなかったため
他の子たちの話を聞いては羨ましく
うちには年に一回のホテルくらいしか
ないわと思っていました。

でもそのホテルでの集まりが
とっても楽しかったのです。

私たちは本当に小さく、これが
開催されていたのは子供たちが
主に小学生の頃だったと思います。

そこで親族17名でレストランに行き
親たちはいいものを食べるのですが
子供たちはその良さがわからないので
私は雑炊とかケーキとか、そんな
ものに喜んでいました。

ホテルだけでなく、京都や、おそらく
奈良も何度も連れて行かれたのだと
思います。当時は祇園に叔父さんが
よく行く料理屋があり、そこで
子供たち皆で騒いでいたらすごく
怒られたのをよく覚えています。

私はホテルに着いたら従兄弟と
探検をするのが大好きで、荷物を
置くとすぐに偵察に行っていました。

それにしても

なぜ彼らはこんなにうるさい私たちを
わざわざ高級なホテルに連れて
行ったのでしょうか。

今になったらわかりますが
探検できるようなホテルって
その辺のビジネスホテルでは
ありません(苦笑)一家で一体
いくらかかったのか、と思うと
すごいことをしてくれたのだと
思います。

私たちはまだ子供の味覚で
大人が楽しむ場所はつまらないので
水に塩を入れてかきまわしたり、
ストローで飲み物をぶくぶくして
怒られたりしていました。

なんでこんなことしてるんだろうと
不思議に思った子供時代ですが
親戚中の予定を合わせて家族全員で
泊まりに行き、いい店でご飯を食べる
そんな経験をあえて子供にさせること

それこそが
飯田家の教育だったのだと思います。

私は30歳を超えてからそれに
本当に感謝するようになりました。

まだ何もわからない私たちは
ただのうるさい子供たちでしたが
そんな子たちを無理矢理にでも
連れていき、本物に触れさせたこと。

それこそが最大の贈り物だったのだと。

だから私はどんなにお金がなくても、

子供には本物を見せようと心に決めました。

それは飯田家が私にしてくれた
贈り物であり、大人になった時に
私を何度も助けてくれたからです。

そして私は小さな子供をお茶会に
連れていき、美術館に連れていき
一人でヨーロッパに何度も連れて
行きました。その効果があったかは
怪しいですが(笑)

でも、私は自分の従兄弟たちに
数年ぶりに会った時に本当に
驚いたのです。

彼らはとっても素敵な大人で
見るからにセンスがよく
他の人たちとは何かが違うのです。
なんというか、カッコいい!
それが遠目からでもわかるほど。

3つの家族はそれぞれ違う場所で
育ちましたが、きっと共通する
根っこがあるのだろう、それが
あの子供時代にいろんな場所に
連れられていき、本物に触れた
ことなのだろうと気づきました。

私はできるだけのことを息子に
還元しようと思いましたが
この子一人にやってもな・・・
というのをだんだんと悟り(笑)

もっと飯田家で学んだことを
社会に還元しようと思うように
なりました。

これまでも多少イベントなどは
開催してきましたが、今回その
集大成として、教養力&英文読解力
を一気に上げる集中講座を開催
します。

教養というのは

知ったかぶりして偉そうに
うんちくを語ることではなく

本物や文化

感動的なものを愛する心。

そこに尽きるような気がします。

当然教養というのは一夜や3ヶ月で
身につくものではありません。

でも、面白い!もっと知りたい!
という気持になれたら、あとは
自分の知的好奇心の赴くままに
学ぶことができるのです。

アート、ワイン、日本文化

そこに共通するのはやはり
日常では味わえない感動が
あることだと思います。

本日から教養講座の募集を
開始します。

想いのつまった教養講座、
私の経験や知識を活かして
最大限に解説しますので
人生のステージをもう一歩上げたい
と願っている方のご参加を
お待ちしています。

知らない方向けの基本のきを
学ぶ講座ですので、予備知識は
不要です。英語力も問いません。

少しでもご興味のある方はぜひ
下記をご覧ください。

 詳しくはこちら 

海外旅行を楽しむために

1ヶ月半という史上最大の長旅も
ついに終盤を迎え、ついに最終目的地の
パリに着きました。今回は特に最後の
イタリアからニースに抜ける旅が鬼門で
大好きなアパルトマン生活とも別れ
ホテルを転々と移動するという、旅の
最後にそんな気力あるんかい(涙)
という、旅する前から自分でも不安
いっぱいの行程でした。

たどり着いたニースの海!

私は海外に行く時はこれまでの反省を
活かして徹底的に日本国内で行程を
組み、できることは全部やっていく派
だったのですが、さすがに出国前は
忙しすぎたのと、1ヶ月半後に自分が
どこにいるかなんてわからない・・・。


無理やり行程を組んで出国直前に
電車のチケットも取りましたが、
まさかこんな体調不良になるとは
夢にも思わず、こちらにきてからも
いやその行程はキツすぎるでしょ
といろんな人に言われてやめました。

旅の途中で行程を変えるのは
本当に危険!で上級者向き。

しかも宿の値段もぐんぐんあがり
電車のチケットも手配しないと
いけません。でもそんな中
なんとか予定通りニースまで
辿り着くことができ、その後は
パリにつけました。

日本からパリに到着した初日は
3年ぶりのパリでとても嬉しかったのに
たった一杯のアルコールで死ぬほど
気分が悪くなり、もう帰りたい・・・
とベッドの中で暗い気持ちで一杯でした。


でもあの15時間のフライトに耐える気力は
ないし、私どうしたらいいんだろう・・・

こんな状況で荷物も重くて持てないほど
だったので、最悪の場合は全部キャンセル
してパリに残ってもいいやと思うことに
してみました

とにかく帰りの飛行機まではせっかく
だからヨーロッパにいよう、と思ったものの
体調不良は治らず、沢山もってきた薬も
1週間ほどで底をつき、それでも治らないと
思っていたらコロナが判明。

それからはかなりしんどかったです。
丸一日ベッドで過ごしていたわけでは
ないにせよ、もうメトロ乗るなんて無理
無理無理!という感じで、近所の
マルシェに行くのが関の山。
コロナ
真っ盛りの時にかろうじて開催した
オンラインのオフ会では、「先生の
元気そうな顔が見れて・・・」と3人の
方に言われましたが
全く元気ではなかったです(苦笑)

私はそんな状況で一人だったので
ベッドの上で本当に途方に暮れ
しかも喉の激痛がやっと治ったと
思ったら、今度は朝晩激しく
咳き込むのが治らずに
本当に泣きそうになっていました。

コロナ中にひたすら作ったフランスの風邪薬 グロッグ。めちゃ効きました。

パリのアパルトマンにたった一人。
時折電話やメッセンジャーで助けを
求めることはあっても、
誰も物理的に手を差し伸べては
くれないなかで、私が頼ったのは
神様でした。

そして私はここにきて、本気で
祈ることの重要性を知りました。

散々大変なことがあったので
私は予定よりも直感に従うようことを
大切にし、教会にいこうと思って
以前も行った教会に行きました。

その時私は悟ったのです。

ああ今まで願いが叶わなかったのは

祈り方が足りなかったからなんだ・・・

「扉を叩きなさい、そうすれば扉が
開くから」という言葉が聖書に
ありますが、扉をたたくというのは
ちょっとノックするのとは違うそうです。
これはガンガンガンと本気で叩くことを
意味している
と聞いたことがありました。

祈りも同じだと思います。

私は祈り方が足りなかったんだ。
とその時わかり

それから本気で祈るようになりました。

直感を感じたら遠くてもそこを目指し
着いたらしっかりお祈りしました。

一見キラキラに見える私の日々は
実はそんなことの繰り返しだったのです。

華やかに見えるけど、この後断食することに・・・

そしてそのおかげでなんと1日も
体調不良のせいで行程をキャンセル
することもなく、ニースではスリに
あったのに危機一髪で助かることが
できました。

憧れていたニースの老舗ホテル、ネグレスコ

私は今回の旅ほどきつかった旅は
ありません。一人でベッドの上で
どれだけ泣きそうになったことでしょう。
少なくともこんなにも体調不良が
続いたことは日本ではありません。
私のお腹は治るのか?この痛みは?
この咳は?いつか普通になれるのだろうか


だいたい何が原因なのか??
なぜ私ばかり罰ゲームみたいに?
とずっと思っていましたが
これも1ヶ月くらいかけての禊のような
通過儀礼だったのかと今になったら
思います。

これまでも2週間、3週間の旅は
してきましたが、これほどまでに
自分が変わったと
思える旅はありませんでした。
ですので本当に人生の旅路、大事な
局面を過ごした旅だったのだと
思います。きっと読解に参加されて
いる方も、私が変わったのを
感じられるのではと思います。

ずっと行きたかった鷹巣村、エズへ

私はずっと世界を旅し、空港で
仕事をする人に憧れていましたが
今回のメールニュースの半分くらいは
空港で書かれたものです。
ヨーロッパからの英文読解も
これを始めたころからの大目標

でしたが、なんとか達成することができ
とても嬉しく思っています。

今回の旅ではイタリアはやっぱり
すごいと痛感し、とはいえフランスに
入って以来、フランスはカオス感が
半端ないものの、相当なレベルの差で
きちんとコミュニケーションができる
ため、安心感が全然違うというのを
実感しました。

海外旅行を楽しむために真に重要なのは
1に語学、2に語学、3に語学です。
そして4に方向感覚、地理感覚。

私は今まで「海外って怖くないんですか?」
という言葉の意味がわかりませんでしたが
なるほど、言葉ができなかったらそりゃ
怖いわ!というのがよくわかりました。

海外はハプニングの連続です。
問題はどんどん起こります。

問題がない旅に出たければ、ツアーに
参加するかガイドを雇うのが得策ですが
団体ツアーは面白味がなく、個人の
ガイドを雇うと相当な金額がかかります。

もしそのどちらでもない場合、
自力で旅行を組む必要がありますが
そこには助けてくれる人が誰もいません。
たとえばアパルトマン暮らしは理想的に
見えそうですが、実際にはホテルと
違い、チェックイン時に誰もおらず
すべてのやりとりを英語のメッセージで
する必要があります。つまりかなり
旅の上級者向きなのです。

受付に誰もいないって、かなり
不安感強いですよ!それにWi-Fiが
つながらなかったら終わりです。

ですのでツアーやガイドに頼らずに
自力でなんとか海外を楽しみたい方は
とにかく語学を事前に頑張って下さい。
語学は本当に命綱であり、そのおかげで
得をしたり道が開けること、他の人より
一歩先に進んだり、危険を予知する
ことが可能です。
空港などでトラブルが
あった時に語学ができないと悲劇です。
飛行機もスタッフも待ってくれず
成田のようにファイナルコールもありません。
待っていたら優しい誰かが
手を差し伸べてくれるなんてことは
ないのです。(みんな必死だから)

マントンの海

そして語学の肝は長文の精読と
ヒアリングだと思います。とにかく
インプットの量を増やし、単語の意味を
理解しないことには言われていることの
意味がわかりません。

長文の精読は実は語学力向上の要です。
海外旅行に行きたい方は、誰でもみんな
「もっといく前にやっておけばよかった!」
と後悔しますので、ぜひちょっと厳しい先生と
仲間たちのいる場所で、先に学んでおいて
くださいね。

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イタリアで感じた 高度な語学力の必要性

こんにちは、World News Caféの飯田です。
今回はイタリア滞在時のメールニュースからの抜粋です。

私はベネチア5泊の滞在を終えて
今日はヴェローナに着きました。

ヴェローナのアレーナ前のブラ広場にはカフェがびっしり


ベネチアでは色んなことがありすぎ
イタリア料理やエスプレッソにも
つい挑戦してしまったためか
色んな意味でお腹一杯、ちょっと
消化不良な感じです。初めて
ヨーロッパに来た人が受ける
お腹一杯な印象はこんな感じ
なのかもしれないと思いました。

ウィーンはわりと秩序があり
保守的なので日本と共通点が
多く、日本人にとっては落ち着けて
親しみやすいヨーロッパだと
思いますが、フランスやイタリアは
ラテンの国。その活気や情熱も
圧倒的で、それが面白いわけですが
やっぱり色んな面で日本とは違うなぁ
と思います。

イタリアの甘ーい朝ごはん。クリーム入りのコルネット。これがクセになる!

朝食のクリーム入りのパンが
死ぬほど甘かったり・・・基本的に
なんでも美味しいけど砂糖の量が
半端ないと思います。歩行者空間の
相当騒々しさもびっくり!

ベネチアのビエンナーレはめちゃくちゃ広く、2日間必要

ベネチアではビエンナーレが
やっていたので、2日間かけて
コンテンポラリーアートの
ビエンナーレに行ってきました。
近代の芸術に関してはやはり
ヨーロッパで見るものと日本の
美術館やトリエンナーレなどで
見るものとは圧倒的に質と量の
差があります。

コンテンポラリーアートは難しい
と言われますが、だからこそ
解説を読んで理解するのも
大事なようです。

これは一体何?というのも、解説を読まないとわからない

ところが私も英文読解を教えていますが
アートの解説をさらっと短時間で
最後まで読んで理解できるほどでは
ありません。短時間というのは
ほんの1分程度の、ちょっと
立ち止まって説明を読む時間です。

そんな短時間であれだけの英文を
さらっと理解できる日本人は
少ないと思いますが、その間に
外国の人はしっかりと内容を理解し
次に進んでいるんだなと思うと
アートや展覧会でも英文読解力の
差が、知識や理解力の差になって
しまうのか・・・と悲しくなります。

サムライ展で初めて見た忠臣蔵の浮世絵の連作。説明も詳しい!

パリではサムライの展覧会があり
フランス人の知人がさらりと解説を
読む中で日本のことを私に説明するという
なんとも悲しい事態が起こりました。
母国語の人たちの場合は特に
読めるスピードが圧倒的に違うのです。
そして書かれている情報が濃い
わけです。

この迫力とオーケストラ!!

予定を変更してヴェローナに向かった
のは、さまざまなコンサートに行った
後、やっぱり総合芸術としての
オペラが観たい!という気持ちに
なったからでした。世界中から人が
あつまるヴェローナの野外オペラは
質も規模も圧倒的!なんせオーケストラ
だけで、ウィーンフィルハーモニーの
ニューイヤーコンサートの倍くらいの
人が演奏しているのです!
でも
オペラだからコンサートは脇役で
主役はオペラ歌手。
めちゃくちゃ大きな円形闘技場一杯に
鳴り響く声を、おそらくマイクなしで
たった一人で出せてしまう彼女たちの
姿にはただただ圧倒するばかり。

また、ヴェローナのオペラは
やたらとキャストが多く、多分100人
以上毎回登場します。これでもか!
人件費大丈夫?と思うくらい何もかもが
本物の、しかもいちいちかっこいい
衣装を着た人間がやっているので
一体いくらかかっているんだろう・・
と気になってしまいます(笑)

まぁこれだけの人たちが世界中から
日々集まれば、いくらでも
払えそうですが・・・
とにかく舞台セットがすごいんです。

翌日の様子。どれほどセットが大きいかわかると思います。

そんなヴェローナのオペラ、今回は
アイーダでしたが、そこでも私は
英文読解力の重要性を感じました。

というか、それ以前に字幕が遠すぎて
見えない!!毎回目医者さんの
視力テストか?というくらい、読めたり
読めなかったり。たまたまピントが
あった時に意味を想像して読みますが
あれ、絶対みんながみんな読めてないよと
思います。そんな字幕も、イタリア語と
英語だけなので、目がよかったと
しても、かなりの速さで英語を
解読しないといけません。しかも
オペラなのでおそらくいいまわしが
詩的だったりで難しい・・・

こんなとこでも英語って大事なんだなと
思いました。

なにが言いたいかというと

芸術というのは言葉がなくても
わかると思われがちですが

実際留学時代の私は言葉ができなかった
ので美術館に通い、うんちくはいいから
心で見ればいいと自分に言い聞かせて
いました。おかげでかなりの画家の
作品は見たら誰のかを当てられるように
なりました(笑)

とはいえ、わかっている人と一緒に行くと、
全然視点が違って本当に学ぶこと
多いのです。そしてわかっている人
というのは、美術館などに行くたびに
しっかり解説を読んでいる人です。

フランスでは声に出して読むことも
多いです。そんな人たちは学芸員の
ように、ミキ、これはね・・・と
解説してくれます。
(日本では小声で解説するだけで
怒られます!なんたる違い・・・)

感じるのも大切ですが、ある程度
わかるとやっぱり面白い。

めちゃくちゃ巨大なセット。これも翌日


だいたいオペラなんて何もわからずに
外国語で見たって、全くわかりません(涙)

今回はアイーダでしたが、直前まで
調べてもおらず、幕間にいそいで
ネットをつなげて脚本の流れを
理解してなんとか「これはこういう
ことかな・・・」と理解を組み立てる
ことができました。が、それも
ない状態でみてら、どんなに
美しくて迫力があっても本当に全然
わかりません。つまり隣の人
(わかってそうな外国人)との
感動の度合いが全然違うのです。

それってもったいないですよね。

私は英検一級を取りましたが
本当にまだまだだなぁと感じる
イタリアの旅です。そういえば
英語ができるようになってやる!と
決意したのは5年ほどまえのベネチア
だったので、なにか縁があるのかも
しれません。

秋からはできるだけアートの
読解も開催していこうと思いますが
アート解説って本当に難しい(涙)
でもヨーロッパにいる学芸員のように
詳しい知的な人たちは、本物を
見ることに加えてこうした解説を
さらりと母国語または英語で
読めているという、その差が
積み重なっていくんだなぁと
思いました。

ヨーロッパの壁はやっぱり厚い

と痛感しているこの1ヶ月です。
自分の部屋のベットで本を見ながら
憧れたり夢を見るのは簡単ですが
実際に少し入っていこうとすると
こんなにも大変なんだなぁ
そして本当に高度な語学力が
必要なんだなぁと痛感します。

私はフランス語、英語、イタリア語を
それなりに勉強してきましたが
日本ではそれだけで「すごーい」
と言われますが、やっぱりそれなりに
頑張りたければせめて2カ国語で
議論できるレベルにならないと
ダメなんだなと痛感している次第です。
そして英文は1分で何十行も
理解できるレベル・・・
英検一級の問題というのは
国際社会でやっていける最低限
レベルだったんだなと痛感したイタリア滞在でした。

最後までご覧いただきありがとうございました。

毎週2回発行のWorld News Caféの熱いメールニュースはこちらから。

ベネチア到着

こんにちは、飯田です。
お元気でお過ごしでしょうか?

私は昨日ウィーンからベネチアに着き
朝はウィーンで一番素敵なカフェに行き
夕方にはサン・マルコ広場のカフェで
生演奏を聴きながらアペリティフという
なんとも幸せな時間を過ごしました。

サン・マルコ広場のカフェで本場のスプリッツ!さすがに美味しい!

ベネチアのアパルトマンは想像以上に
いい場所にあり、サン・マルコ広場にも
10分以内で行けるという最高の立地!
現在はどこもホテル代や飛行機代が
死ぬほど高くなっていますが、何でも
早めに早めに予約すべきだなぁと
思います。

私はベネチアに着いた瞬間に
顔がほころび、何を見ても美しく
あぁ私がイタリア語を勉強しはじめた
のはイタリアが心底好きだったから
なんだなぁと思いました。
もう魔法のように美しいこの国!
今も階下からイタリア語が聞こえます。
イタリアって本当に人生の喜びを
表現しまくっている国だと思います。

私は日本では「人生は美しい!」とか
「あー生きててよかった!!」と
思うことは残念ながらあまりないのですが
(日本庭園が美しいと思うことは
あっても・・・)昨日はサン・マルコ広場で
生きる喜びを一人かみしめておりました。

ウィーンの老舗カフェ シュバルツェンベルグ

ウィーンでは6日間の滞在の中、
コンサートや美術館、カフェなど
さまざまな場所に行ってきました。

その中でも得に素敵だと思うのは
もちろんウィーンのカフェや文化を
大切にする姿です。

ザルツブルグの川沿いの老舗カフェ アールデコ風の内装が美しい

パリでは人が自由闊達に話している姿に
目を奪われてきましたが、しっとりして
落ち着いたウィーンのカフェや街から
伝わるのは、美しい文化が普通にある
ということです。20年前に訪れたカフェが
ほぼ変わらない形で存在し、むしろ
100年くらい変わってないのだろうと
思うと本当に驚きです。
それは
地震や火事の少ない国だからという
理由というよりも、美しいもの
よいものを大切にする環境で小さい
ころから育ってきたので、普通に
そういうものをよしとする人が
育ち、文化を大切にするのでは

ないかと思います。

私はわりと文化的な環境で育ちましたが
子供が小さい頃に離婚をし、その後は
貧乏で長年本当に大変でした。でも
子供には絶対にいいものだけは見せよう
と私は心に決めました。
それが飯田家が
私にしてくれた大切な贈り物だからです。

だから私はお金がないのに小さな
息子を連れて3回もヨーロッパに行き
美術館やコンサートにも行きました。

今考えると夢のような旅行を無料で
してきた息子はだいぶ恵まれていたと
思います。

今では家に閉じこもってゲームばかりの
息子ではありますが、そんな教育を
してきたので、ものを見る目はあり
美味しいものもよくわかります。

写真を撮らせるとかなり上手いのも
美術館などで散々見てきたため
構図が上手いのではないかと思います。

良いものや美しいものを大切にする。

ウィーンではごく当たり前のことの
ようですが、日本では同じように
美しい文化があったのに何もかもが
ユニクロ化。お正月にも着物を着る
ことなく、考えだけは内向きになるのに
美しい文化を見直そうという動きは
なかなか起こりません。

たいした文化がなかった国なら
いいのですが、そうではなかっただけに
大変残念だと思います。

でもそのひとつの理由は
そんな感動するほど美しい日本の文化を
単に日本人が知らない
からかもしれません。

私が知る限り日本で一番美しいものは
すべてヤフオク上に存在します。

ところが日本の美術館にいっても
あまり素晴らしいものはなく
ましてや普通の人の家だと論外です。
だから日頃、日本人、特に小さな
子供たちが日本の美しさに
触れられる機会は、相当な良家の子女を
除いてないのだろうと思います。
(日本の美術館はほぼ私語厳禁で
照明も暗く、解説も少ない場所が多い
ため、子連れの親子にとっては
苦痛でしかありません。)

応用美術館にあった古伊万里 渋谷の戸栗美術館でも同じようなものが見れます

ところがパリやウィーン、おそらく
アメリカにも、江戸時代に創られた
本当に目を奪うような美しい日本
美術が存在します。私はパリでも
侍の展覧会に行き、ウィーンでは
応用美術館で素晴らしい古伊万里を
見ましたが、そういったものは
日本の美術館に滅多にないのです。

クリムトの絵も素晴らしい
コンサートもそうですが、複製品には
本物がもつ感動はありません。

でも日本には複製品のような
コピー商品、本物風のものが溢れ
多くの人がそれが本物だと思って
生きています。
うちの母はなんでも
鑑定団が好きですが、よく「なんで
こんなの偽物ってわからないのかしら」
と呟きながらテレビを見ています。

見る目を養うには本物に触れることが
本当に大切なのに、日本ではそれらが
一部の超お金持ちの蔵にしまわれ
一般人は見ることもできません。

ウィーンなんて信じられないくらい
素晴らしい空間で美味しいケーキと
コーヒーを飲んで、支払った金額は
日本のカフェのケーキセット並み!(1300円くらい)
本当に羨ましいです。

お気に入りのヘーゼルナッツとバタークリームのケーキ 日本ではほぼ出会えない(涙)

私はやっぱり文化や美しいものを
大切にしていきたい、
と感じた
ウィーンの旅でした。

とはいえ、こうしてものを見る目を
養うことや、教養をつけること
語学を使えるレベルで身につけることは

簡単なことではありません。
語学ひとつでも、やろうと決意
してから使えるレベルになるには
5年はかかると思います。

私は今後も英語とフランス語を
教えていきますし、学習意欲の
ある方は大歓迎で教えますが、
実際にはそれなりに
語学ができてもヨーロッパで
楽しむには様々な困難を乗り越える
必要があります。

日本人の場合バカンスが長く
取れても1週間。その1週間を
ストレスフルで終わらせないためにも
有能なガイドが必要だと思います。
私はフランス人のVIPのお客さんの
通訳ガイドをやっていますが
もうヨーロッパでも日本人を
ガイドする自信がつきましたので
今後はヨーロッパを楽しみたい人向けのお手伝いも
やっていこうと思いますので
興味がある方はお声かけ下さい。

一人でやってみると夢のはずが
トホホ・・・もう二度と来たくない
で終わってしまうのがヨーロッパ
(特にフランス)私はそんな人を
何度も助けてきました。

日本とは何もかもが異なる
ヨーロッパ。でもそこでの
喜びといったらもう計り知れません。
ではこれからベネチアの街に
繰り出していこうと思います。

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パリのカフェ ドゥ・マゴから

こんにちは、飯田です。
日本はとても暑いようですがお元気で
お過ごしでしょうか?

私はパリの暑さにも慣れ・・・と
言いたいところですが、パリはそれほど
暑くなく、気温が20台ということも
よくあります。(今日は暑い!)

私はついに長いこと滞在したパリを離れ
明日からはウィーンに向かいます。
すでに問題が色々ありそうで
本当に着くのか怪しいですが(苦笑)

そんな忙しい出国前なのでやることが
色々あるのですが、もうアパルトマンに
こもってばかりなのも嫌!ということで
サンジェルマン・デプレの老舗カフェ
ドゥ・マゴに来てみました。

ドゥ・マゴのテラス。意外と暑い・・・

私の体調不良は実はコロナが原因で
正直言って相当大変でした。ただ
かかったのがパリであり、もともと
一人で滞在するアパルトマンだった
こと、フランス語が理解できたこと
わりと友人がいて電話で助けてくれた
こと、自分で料理が作れたことが
相当な励みになりました。
不幸中の幸い、イタリアやオーストリアで
かかったら本当に大変だったと
思うことにしています。

憧れていたアパルトマンでのランチも開催。朝はマルシェでお買い物。

コロナはだいぶ前から陰性に
なっているのですが、その後の
アフターコロナ、後遺症がけっこう
大変で、夜と朝は激しく咳き込む
日々でした。
他にも想像以上に
疲れてしまったり、下痢がずっと
続いたりなど、はじめから知って
いたら絶対来なかっただろう

という波瀾万丈の日々でした。

パリで一緒に自転車に乗ってくれた友人と

でもおかげさまで今朝くらいから
だいぶ調子もよくなり、3日前からは
念願の自転車にも乗っています。
そんなわけでパリ滞在は体調不良の
合間を縫って無理やり動くという、
華々しそうに見えて裏は本当に
大変という日々でしたが
だいたいパリ中を巡った気がします。

一人で自転車に乗ってセーヌ川にも行きました。自転車道は波瀾万丈。

大変なことも多々ありましたが
これまでの滞在の中で一番沢山
人に会い(回復してからですよ)
山のようにフランス語を話しました。
なんだか本当に久々というか
これだけ多くの人とフランス語で
話す機会はこれまであまりなかったと
思います。ですので本当に
暮らすように旅ができて
よかったなぁと思います。

友人とヴォージュ広場に面したカレットへ。この日も着物では暑かった!!

先日思い立って自然食の店で
お米を買ってからはひたすら
お米やリゾットを食べ続け
そのおかげがようやくお腹の
調子も戻りつつあるようで
嬉しいです。

パリで日本風のディネ。気づいたら7品つくってました。

昨日は滞在中にだいぶお世話に
なったマリー・クレールの副編集長
カトリーヌ夫妻向けにアパルトマンで
和食のディナーを開催しました。
一人だったので想像以上に
大変でしたが、長年の夢が
ひとつ叶ってよかったです。
そして驚いたのは和食はいくら
食べても他のディナーのように
胃もたれしたり薬を飲みたく
ならないで済むということでした。

長いこと滞在する中で
今までは見えてこなかった日本の
魅力や、日本人、日本文化、食の
繊細さやこだわりの深さについて
再発見し、自分にとって、とても
大事なものだったんだなと
いうのがわかりました。

ですので帰国したら
銀座で懐石料理を食べる会や
モダンで敷居の低いお茶会も
開催したいと思います。

ドゥ・マゴのテラス

カフェ、ドゥ・マゴは19世紀から
存在する歴史あるカフェで
シュールレアリストやシモーヌ・
ド・ボーボワールなども通った
カフェ。

こちらはもともと
上流階級の人や品のいい人が
来るカフェとして有名で、私は
縁遠い気がしていたので隣の
フロール派でしたが、最近の
フロールは観光客の嵐!!


こちらの方がまだ少しフランスの
風が感じられ、ゆったりして
いるのでドゥ・マゴに来ています。
私も留学から20年が経ち
ついにそんな空間が似合うように
なったのでしょうか?!

詳しいカフェの歴史については
ぜひ拙著『カフェから時代は創られる』
ご覧ください。

それにしてもフランスのカフェの
お客さんはよく喋る!フランスは
本当に会話の国だと思います。
みんなやたらギャルソンと会話を
しているので私も会話をしてみたら
支払いのときにメルシー・ボークー
ミキ、と言われました。
カードに名前が書いてあるから
わかるんですね。そういう
ちょっとした会話が楽しく
心地よく感じれるのだなと
思いました。

ドゥ・マゴでも着物に挑戦!

これからの旅はウィーン、
ベネチアなどとまだまだ続きます。

続きをぜひお楽しみに!

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パリの女性達はなぜ美しいのか?

ブログ第3弾はパリで気づいた自由と美しさについてお話しします。


パリは本来のわりと涼しく心地よい
風が吹いていますが、お元気で
お過ごしでしょうか。

私はこちらに到着以来、あまりに
波瀾万丈でしたが、ようやく昨日
あたりから、あぁ本当にパリに来て
よかったなぁという喜びを噛み締める
ようになりました。

初日の夜はたった一杯のお酒を飲んだ
だけで信じられないくらい酔いが
まわって吐きそうになり、頭痛やら
不安やらカルチャーショックやらで
もう日本に帰りたい・・・でも
もうあんな長時間の飛行機に乗る
自信はもうないと一人で
泣きそうになっていました。

3年ぶりのフランスはカルチャー
ショックが一杯でしたが
総合的に考えて何がカルチャー
ショックかというと、やはり大の
大人がとても元気!パワフルだと
いうことです。私はあんな大人を
日本でほとんど見たことが
ありません。たまにカリスマ的な
人がいますが、たいていの大人は
わりと疲れている感じなのに

私が初日に到着したのが革命
記念日だったから尚更お祭り気分
だったのかもしれませんが、パリの
カフェテラスの賑わいというのは
日本の大賑わいの居酒屋の店内が
そのまま外に現れたような
にぎやかさ。それも酔っ払って
騒いでいるというわけではなく
みんなのおしゃべりが相重なって
すごい音量になるのです。
それを18歳の若者たちがしている
ならわかりますが、こっちは
50代、60代の人たちが楽しそうに
語り合っています。

モンパルナスのカフェテラス

日本では生まれた時から幼稚園
くらいまでは自由奔放に育てられ
電車の中にギャーギャーうるさい
子供がいても何も言われませんが
大人になると彼らは矯正されていき
だんだんと自由を失います。

フランスはその逆です。

個性の国と言われるフランスの
子育ては日本人からすると
びっくり!!!するほど厳しく
私は子供が3歳の時に数ヶ月
滞在しましたが、本当に驚きの
連続でした。見知らぬ人に注意
されるのは当たり前。息子が
真っ先に覚えたフランス語は
「シーッ」静かに!というもの
でした(この発音は難しいけど
しょちゅう色んな人にやられたので
息子は完璧に覚えました(笑))

子供時代はほぼ自由がなく
わりと親のいいなりなフランスの
子供たちですが、大人になって
からの自由といったら日本の
真逆。私はどうしてフランス人は
こんなに美しいのかな?と
本当に日々不思議に思って
いました。

パリには絶世の美女!?
という人が山ほどいます。
正直言ってこんなに美女ばかり
見たのは人生初だと思います。
今特に世界中から集まっているの
かもしれませんが、もう銀座の
美女の比でも日本の整形大好きな
インスタグラマーの比でもなく
本当に美しい人が多いのです。

その秘訣は一体どこにあるのだろう?

と世界中の人が不思議に思い
様々な分析をしてきました。
基礎化粧品が大切だとか
シルエットに合った服を着るとか
鴨の脂のおかげで太らないとか?

でも私は1週間の観察を経て
気がつきました。たぶん彼らは
自由に生きて、縛られていないから
美しいのです。
化粧のせいでは
ありません。なんというか
植物や犬や猫、オオカミに近い
美しさだと思います。

オオカミはかっこいいですが
彼らは化粧をしたり髪の毛を
大いに工夫しているわけでは
ありません。猫も美しいですが
彼らの姿はありのままです。

私は出国前にカーネギーの英文読解を
開催して本当にそれに助けられ
あれがなかったら死んでたかもと
思うくらい日々心に響きますが
そこには柳のようにしなやかに
とか、植物のように耐えよ
という言葉が出てきます。

日本では問題があったらそれを
解決したり隠そうとして覆ったり
とにかく問題がないように対処しようと
する気がします。でも私は熱波への
対処の仕方を聞いたときに驚きました。
「それが過ぎるのを待つだけよ」

フランスにはそもそも
そんな言い回しが存在し
辛いことがあった時にそう
言われたこともあります。
過ぎ去るから待ちなさい。

改善しよう、対処しよう
どうにかしようと一生懸命
もがくのではなく、そういうものだと
思って受け入れ、あがかない。

マインドフルネス的な振る舞い方
それがそもそもフランスには
あるような気がします。

あがき、もがき、ぶつかり、
苦しみ、悩み、コンプレックスを
隠そうと変な行動をとってしまうから
それが表面に出て見苦しくなってしまう。

でもフランス人はカーネギーが
いうところの、変えられることは
変えるべきだが、そうでないものは
それを見極め、流れに委ねる

という生き方を体現しているのかも
しれません。

だから変なストレスや
悩みや憤りや苦しみなどが
日本人に比べると身体に
たまっていないのだと
思います。そして彼らは本当に
子供のようなキラキラした目をして
楽しそうに生きているのです。

みなさんは大人なのに目が
キラキラと輝いている人を
見たことがありますか?

パリの友人たちとテラスでお食事

あまり周りにはいないのではないかと
思います。でもフランスの人たちは
子供みたいな目をしてるんですよ。
だから美しいんじゃないかと
思います。

日本は「いい子」を作る国だと
私は先日お話ししました。
正しい生き方、正しい一つだけの道。
いい大学にいって有名企業に入り
結婚して子供を産んで35年ローンで
家を買い・・・たとえ幸せじゃ
なくてもそれができたら「ゴール」
であり「正解」。

フランスは?

日本とフランスは似ているって?

そんなの誰に聞いたんですか!

フランスと日本をよく知っている人は
こう口を揃えます。

フランスはほとんど日本の正反対

私はまさか大人になってから
不良になる道を教えてもらえるとは
思いもしませんでした(笑)

でもフランスは、えっこの人が?
みたいな相当まともな人が
上手に道を外す方法をこっそりと
教えてくれます。そういえば私の
本にも買いてありました。藤田が
映画を盗み見する方法を教わったと・・

私は厳しい母に育てられ
望むと望まないとに関わららず
相当な日本的ないい子で育ったので
えっ不良になっていいの?!的な
価値観がびっくりで大好きです。

しかも20歳の先輩に教わるんじゃなく
50代の先輩に教わるんです(笑)
余談ですがパリビストロの代表は
スクーターの運転が荒く、乗っていて
本当に怖いです(苦笑)そこ
ガンガン入っていかなくても
よくない?と思いますが、でも
そんなスクーターに乗っていると
徒歩では絶対に出会えなかった
読みも美しい風景に出会い
あぁ手が凍りつきそうだけど
乗っててよかったなぁと思います。

なんかみんな楽しそうで
本当に羨ましく
私はそんなパリでたくさんの人に
助けてもらえて幸せです。

大変なことも多かったですが
おかげさまでだいぶ元気になり
昨日は着物姿で9時間もパリで
過ごしていました。草履は4万円も
しましたが、さすがに高級草履だけ
あって私の身体をしっかり支えて
くれて、買った甲斐あったなぁと
疲れた身体で思っていました。

今日はようやく温度が下がったので
なかなか着る機会のなかった
絽の着物を最後と思って(?)
着てみようと思います。着物を
着ていると日本でもパリでもどこでも
皆優しいです。似合う服を着れば
気分があがり、浮き浮きして
人生が楽しくなってきます。
みなさんもぜひこの機会に着物を
着てみてくださいね!

熱波でエアコンがないパリで

ブログ第二弾では、7月の熱波のパリで過ごしながら考えたことをお伝えします。

私は先日2日連続の熱波(40℃越え)を
エアコンのほぼないパリで過ごし
昨日からは打って変わって涼しく
いわゆるパリの心地よい夏らしく
なっていますが、もう2週間くらい
経過したような濃い日々にオーバー
ヒートしてしまったのか、昨晩から
体調を崩し、2日間ずっと家にいます。

パリに着いてからはひたすら
フランス語会話と、私の苦手な暑さに
耐えるの連続で、もともと自律神経が
乱れやすく体温調整が苦手な私は
だいぶ疲弊してしまいました。

こんなふうに疲弊しているのは
何も私だけに限らず、フランス人の
知人も「そりゃそうだよ」といって
約束を延期してくれました。

とはいえ一人で体調が悪い状態で
ベッドに寝ていると、まさに奈良の
悪夢の再来のよう。もしかして
コロナだったらどうしよう・・・
だいぶ思い当たる節もあるし
葛根湯や薬も尽きてきた(涙)と
一人でだいぶ悶々としていました。

とはいえフランス人の知人たちに
連絡すると、ああしなさいこうしなさい
と色々とアドバイスをくれ、とりあえず
コロナのテストは受けてこようと
思います。ちなみにこちらでは
びっくりするほどの割合で、コロナに
かかった人が多いです。まぁかかっても
数日で治るから大丈夫よと言われます。
(知人の3分の2程度)

熱波の時は冷房があるというオルセー
美術館を予約しましたが、その時は
緊急で人を多く受け入れたのか、まさかの
長蛇の列が、一番暑い午後14時過ぎに
できていました。日陰もなければ
下はコンクリート。照りつける陽と
下からの熱で私のサンダルは溶ける
のではないかと思ったほど。

炎天下(42℃)オルセーに並ぶ人たち

もう引き返そうと思いましたが
朦朧とした頭で、そういえば2ユーロ
払って払い戻し可能にしたんだわと
Wi-Fiをつなぎ、払い戻し方法を
しらべてみますが、どこにも
記載されていません(涙)
私の頭はパニックでしたが
周りの人たちは帽子も日傘もないのに
文句も言わずに耐えています・・・
みんな、本当にすごい。


私は禅の国から来ましたが
不動心とはこのことかと思わされます。
心が毎回こんなに揺れるから
身体にくるんだよなと思いますが
なぜ平然とできるのかわかりません。
やっぱり「慣れ」に尽きるのでしょうか。
たぶん夏の日本に来たばかりの
外国人もあの恐ろしい湿気に
死にそうになっているのでしょう・・

ゆーーーくりと亀の歩みのように
進む列でしたが、あと5人くらいに
なって引き返すのももったいないので
結局中に入ってみました。そして
本当にオルセーはエアコンが効いていて
驚きました。が、中は渋谷か新宿か?
という人混みで、私は20回くらい
ここに来ていますが、ここまで
混んでいるのは本当に人生初でした。
たぶんオルセーかルーブルで悪い
ウィルスをもらったのだと思います。

オルセー美術館のゴッホの部屋の人混み!

熱波どうこうもありますが、現在の
パリにはものすごい量の観光客が
詰めかけています。


パリに住むフランス人たちは現在の
ホテルの価格がいかに高いか
(1泊20000円近く)話すと驚愕
しますが、ルーブルに行き、本当に
これだけの人たちが世界から押し寄せて
いるとわかると、需要に対して
供給が足りず、ホテル価格が跳ね上がって
いるのがよくわかりました。
これは多分パリだけでなく価格から
するとロンドンやウィーンも同じで
ヨーロッパの主要観光地は大変な
ことになっているようです。

先日は疲弊した身体で、留学中から
好きだったサン=ジェルマン・デ・プレの
ビュシー通りという、カフェの多い
界隈に行きました。自由闊達に
楽しそうに話している人たちの姿を
見ながら、私は一体何がしたいんだろう
もうすでにここには全てあるではないか。

パリの中でも特にカフェの活気溢れるビュシー通り

と思いましたが
でも住宅街のアパルトマンに帰宅しながら
いやいやあれはパリというフランスの
首都のサン=ジェルマン・デ・プレという
一番の中心地区の光景であって
世界のどこにでもそんな光景が
あるわけではないと思いました。

むしろそんなカフェの自由で生き生き
した姿に憧れるからこそ、世界中の
人たちがパリに憧れ、今ここに
向かっているのではないか
と思います。


私はニューヨークにも4日ほど滞在
しましたが、このような光景は目に
しませんでしたし、東京にはほぼ
ありません(屋外の居酒屋はあるけど)

また、先日はセルビアに住んで
貴族のようなよい暮らしをしていた
母親がある日全てを捨ててパリに
来たという話を知人から聞きました。
彼女にはいい暮らしはあったけど
全てと引き換えに手にしたいものが
パリでの自由だった
そうです。

カフェテラスで自由闊達に語り合う喜び!

自由ってパリでは当たり前なんですが
そしてパリの自由は往々にして
行き過ぎですが(笑)
他の国では相当貴重だったりします。
だからこそ、パリでは当然の
光景をもっと日本や世界に
増やしていくことが私の役割
なのかもしれないと思いました。

ひとくちに公共空間改善といっても
自転車道やトラムの整備など
様々な種類がありますが、私は
やっぱりカフェで自由闊達に
自分の思いの丈を語り合う
そんな場所を世界に増やしたいんだなぁ

と思います。

日本とパリは本当に地球の裏側と
言われるほど、全然違います。
英文読解の始めにも話していますが
本当に「こんな世界があったか!」と
目を丸くする感じです(その連続
すぎて疲弊したのだと思います)

とはいえ日本が大好き、帰りたくて
仕方ない!というわけでもないので
滞在中に自分の道を見つけてきたいと
思います。

パリ到着

こんにちは、飯田です。

ブログ第一弾は、今年の夏のパリでの出来事からお伝えします。

パリは想像以上に暑く、今日は熱波
2日目です。多くの人は裸に限りなく
近い格好で過ごしていますが、昨日
ようやく見かけた日本人はこの暑さの
中で(冷房はない)カフェテラスで
マスクをつけ、長ズボン姿でした。
パリは誰もマスクをつけていないのに
この死ぬほどの暑さでマスクか・・・
という姿が非常に印象的でした。

私は前回のメールニュースを書いてから
文字通り波瀾万丈の日々でした。

あんなに熱くメールを書いている
場合じゃないのについ書いてしまい
残された時間でイタリアの電車の
チケットなどをかろうじて取り
最後の最後に予定をなんとか完成させ
いざ荷物も詰めて出発・・・と思いきや

まさかの荷物が重すぎて自分で
持てない、持ち上げられないという
ありえない事態が起きました。

これまでも帰国直前にはワインやら
本やらを山ほど買ってギリギリという
ことはあったのですが、海外旅行歴
20年以上なのに、はじめて出国前に
すでに荷物が重すぎるという事態を
経験しました。

車を出すのを待つ母と、さすがに
心配してくれた息子に見守られ
冷や汗をかきまくりながら
無理やり荷物の選別をしましたが
これといって「これが重い!」と
いうのはカメラのほかにありません。

では何が重いのかというと塵も積もれば
山となるようにずっしりと重いのです。
今回はこれまでの反省やトラウマを
活かしてサプリや薬も多かったから
かもしれません。まあ最大の原因は
一番場所をとる着物でしょう・・・

そしてなんとか羽田にたどりつき
一息ついたらまた翻訳の仕事に
とりかかり、朝早くに出国ロビーに
行きました。そこには見たこともない
風景が広がっており、ここはロシアの
モール?というくらい、海外の高級
ブランド店がどこもかしこも閉鎖
されており、ほぼ何もお店が空いて
いませんでした。

その後は魔の15時間のフライトでした。
これも私の海外旅行歴の中で一番
長い直行便のフライトでした。
今回は背に腹はかえられぬと思い
足元の広いシートにお金を払ったので
わりと体操もでき、仕事しやすかった
のが救いでしたが・・・

いったい何時間経ったんだろう?
と思い恐る恐る時計やフライトルートを
チェックしても、「残り10時間」の
表示。5時間乗ったのにあと10時間!
これはかなりしんどかったです。
そしてフライトでは、私が7月から
避けてきた小麦や砂糖、カフェインの嵐。

さすがにケーキを目の前にして
誘惑に負けたことはあっても
こんなにもその3つに責められたことは
なく、だいたいどれかをとりすぎると
体調を壊すのでかなり恐ろしかったです。

念願のパリのカフェでクロワッサン

そしておそらくそのせいで?
お腹の調子を大いに壊し
せっかくパリについたのに
大したものが食べられません(涙)
昨日やっと、もういいやっと
念願のステーキを食べました。

そしてようやくパリに着いたのですが
機内は激寒だったけど、パリ、暑い!
まぁこの瞬間だけでしょ・・・
と思った私が甘かった(涙)

今回はコロナ禍のせいか、市内に行く
3路線あった直通バスがすべて
なくなってしまった
らしく、市内に
行くにはタクシーか電車のみという
恐ろしい選択肢になっていることに
出発直前に気がつきました。

ここ数年は私はそのバスを愛用して
楽々市内に行っていたのですが
タクシーは一人5000円以上かかり
さすがにそこは節約しようと思った
のが大間違い。

かつてから悪名高かった電車RER B線は
私は何度も乗ったことがあるので
迷わずにチケットも買い、電車にも
乗り込めましたが、まさか?の
エアコンが効いていない・・・

まぁ出発したら効くだろう
フランスだから・・・と思いきや
本当に効かない!!ゼロなのです。
1駅目で降りてひきかえそうかと
思いましたが、すでにタクシー乗り場
からもだいぶ歩いてしまったため
なんとか我慢しようと思ったら
その後は文字通り地獄でした。

そして暑いのは私だけではなく
ジャパン・エキスポ帰りでうちわを
持っている乗客の皆さんも暑い暑い
といってひたすらうちわで仰いで
います。まさかフランスでうちわ?
と思っていた私は扇子もお土産用の
うちわもトランクの奥底・・・
仕方がないので紙でひたすら
仰ぎつづけ、少しでも気をまぎらわせ
ようと向かいの人たちに折を見ては
話しかけていました。

思い返せばフランスの電車にエアコンが
ないことは何度か経験しましたが
完全にエアコンに慣れきった私には
相当な打撃となりました。


まぁこの電車が特殊だという話では
ありましたが、途中で爆発音が
2回もするし(涙)本当に怖くて
途中で降りた方もいました。
私はだいたい旅の初日に洗礼のように
大変な目に遭うのですが、さっそく
それかなと思いました。

その後も書ききれないくらい
個人的には大変な目に遭い
こんなに弱いのに1ヶ月半の
旅に出てしまってどうしようと
途方に暮れていますが
フランス人は皆優しく
できるだけ私を助けようと
協力してくれます。

おかげさまで今日からは
夢のように素敵なアパルトマンに
滞在することになりました。
なんと窓からはエッフェル塔が見え
今朝は寝られなかったので
エッフェル塔が見えるシャンドマルス
という公園までジョギングして
みました。そして帰りがけに
バゲットとクロワッサンを買うという
ザ・夢のようなパリ生活?!
(でも熱波で暑い!!)

着物も大変な思いをして持ってきたので
3回はパリで着てみました。

そして街に出ると、見られる見られる。
日本でも見られますが、視線を感じる
というよりも、個々人にじっと見られる
感じがします。はじめはそれに
かなり違和感があり、私悪いことでも
してるのかな?どうしたらよいものか
と思っていましたが、その後誰かが
笑顔を送ってくれたので、なるほど
見られたら笑顔で返せばいいのかと
納得しました。

これまで高級で一度しか足を
踏み入れられなかったモンパルナスの
クローズリー・デ・リラというお店に
記憶を辿って足を伸ばし、超高級な
店ですが、思い切ってお店の方に
お酒の一杯だけでも飲めるか?と
聞いてみました。ここにはバーが
あるのです。

すると、以前の小娘の私だったら
フンとけなされそうなところでしたが
「もちろんですマダム」と言ってもらい
観光客らしき人が高級なご飯を
食べている外の席ではなく、
かつてヘミングウェイも通った
店内の味わい深い奥のバーへと
通してもらえました。

お店の方の対応もよく、
高くてもいいから飲みたいものを
頼もうと思い切って注文した後
生演奏で流れてきたのは私の好きな
「ミッドナイトインパリ」で
流れてきた1920年代の曲。

その後はまさか?と思いましたが
なんと「天空の城ラピュタ」の
私が小学生の時合唱コンクールで
暗唱した「地球はまわる」が流れ
えっこれって日本の曲だよね??
と思い、釘付けになっていると
その後は知らないメロディが流れ
まあ偶然だったのだろうと思いきや
美空ひばりの「川の流れのように」
だとわかりました。

二曲続けて??

あきらかに着物姿の私に対して
ピアニストの方が送ってくれた
ものでした。

クローズリー・デ・リラの生演奏

これは本当に感動的な出来事で
着物でよかったーと思わされました。

後日もパレ・ロワイヤルでフランス人
たちのハイスピードの議論に
頭がオーバーヒートしてしまい
酔いをさましに一人で歩いていると
写真家の方に声をかけられ
写真を撮ってもらいました。

パリは美女だらけなので
私にもこんな日が来るとは
夢にも思いませんでした。
が、着物暑い(涙)冷房のない国で
夏の着物は無理がありますが
なんとか15回を目指して色んな
ところで着てみたいと思います。
フランス人に「あなたとっても
エレガントね!」って褒められる
のはかなり嬉しいものです。